ネット社会が始まる前からあった「強者=著名人・文化人」による障害者差別〜やまゆり園障害者殺傷事件より005

差別をしたがる人間は「差別を正当化するための理屈」を探すーという話を少し前に書きました。

一般的に過激といわれるような発言で賞賛されていたり注目されたりという世間の反応を見て、自分もその中に入りたい、実行者になりたい、という気持ちだった。

「元職員による徹底検証 相模原障害者殺傷事件」(西角純志著、明石書店)P269より引用

 事件を起こした頃の死刑囚の様子について、元交際女性が語った証言です。

 思春期の中高生の中にこういう男子は一定数いるでしょう。今でいう炎上系ユーチューバー的な発想で、こういう手合いは無視するに限ります。

 ただ、この死刑囚の場合は、犯行当時26歳とそれなりに大人だったことと、思い付いた凶悪犯罪が「世の中のため」だと思い込んで実行してしまったところが、極めて特異だったといえます。

 インターネットの普及に伴って、差別的な考え方が蔓延しやすくなってきました。

 「辛口」「本音」「タブーなし」などと称して差別思想をばらまいて収入を得るという「武器商人」みたいな商売がまかり通っています。

 わざと物議をかもすようなことを言って注目を浴びようとする炎上商法はネット時代特有の現象のように思われるかもしれませんが、そういうタイプの著名人・文化人は昔からいました。

 最も有名なのは、作家の石原慎太郎氏曽野綾子氏でしょう。

 Wikipediaによると、石原氏は1932(昭和7)年9月30日生まれ、曽野氏は1931(昭和6)年9月17日生まれですので、現在それぞれ89歳、90歳です。二人とも日本人の平均寿命を超えた、堂々たる「おじいさん・おばあさん」です。

 二人の名前は、この事件の本にも何度か登場します。日本を代表する大物差別主義者として広く認知されているからなのでしょう。

石原慎太郎は、都知事に就任したばかりの1999年9月、障がい者施設を訪れ、こんな発言をした。「ああいう人ってのは人格があるのかね」「絶対よくならない、自分がだれだか分からない、人間として生まれてきたけれどああいう障害で、ああいう状況になって……」「おそらく西洋人なんか切り捨てちゃうんじゃないかと思う」「ああいう問題って安楽死なんかにつながるんじゃないかという気がする」。

LITERA「新年だからこそ差別主義者たちのヘイト発言を振り返る! 石原慎太郎、曽野綾子、百田尚樹、長谷川豊、安倍政権」より引用

曽野綾子は13年の著書で、子どもが障害をもつ野田聖子に対しこう書いていた。「自分の息子が、こんな高額医療を、国民の負担において受けさせてもらっていることに対する、一抹の申し訳なさ、感謝が全くない」「言い方は悪いが、夫婦の自然の生活の中でできた子に、こうした欠陥があるのは仕方がない。しかし野田夫妻は、体外受精という非常に計画的なやり方で子供を作った。その場合は、いささかご自分の責任において、費用の分担もされるのが当然という気がするのだ」。

LITERA「新年だからこそ差別主義者たちのヘイト発言を振り返る! 石原慎太郎、曽野綾子、百田尚樹、長谷川豊、安倍政権」より引用

 LITERA(リテラ)の記事から引用しました。

 2017年1月3日に掲載されたもので、「新年だからこそ」と銘打ったノリはともかく、簡潔にまとめられていて参考になりました。ありがとうございます。

 差別したり他人を見下して「暗い快楽」を得たいけれど、「差別していい理屈」を考えるのが面倒だったり論理的思考が苦手だったりする人にとっては、差別する理屈を考えてくれる著名な文化人はありがたい存在なはずです。

 「あんなに有名な人も言っているのだから」と思えば、差別することの罪悪感も幾分か和らぐでしょう。

 事件を起こした死刑囚は、アメリカのトランプ元大統領に憧れていました。

 死刑囚が石原、曽野両氏について言及したものは見掛けませんでしたが、事件関連の本を読んでいると、元交際女性の指摘通り、この死刑囚がいわゆる「強者」に憧れて「こびへつらう」メンタリティの持ち主であることが分かります。

 だいぶ前にネットで使われていた「プロ奴隷」という言葉が頭に浮かびました。

 精神科医・香山リカさんのツイートを引用しました。

 「高齢者は適当な時に死ぬ義務あり」と過去に発言した曽野氏は90歳となった今、どんな気持ちで日々生きているのでしょうか。

 「その辺の高齢者は死ぬべきだけど、自分は特別な人間なので例外だ」とでも思われているのでしょうか。ぜひとも、日本最高齢の長寿を目指していただきたいものです。

 「重度障害者は不幸した生み出さず生きている価値はない」という理屈で障害者19人の命を奪った死刑囚は、裁判の中で遺族からこんな言葉を投げかけられています(太字は筆者)。

 私には娘がいて、とても幸せでした。決して不幸ではなかったです。「不幸を作る」とか勝手に言わないでほしいです。私の娘はたまたま障害を持って生まれてきただけです。何も悪くありません。
 あなたの言葉を借りれば、あなたが不幸を作る人で、生産性のない生きている価値のない人間です。あなたこそが税金を無駄に使っています。あなたはいらない人間なのだから、あなたがいなくなれば、あなたに使っている税金を本当に困っている人にまわせます。

「相模原事件裁判傍聴記〜『役に立ちたい』と『障害者ヘイト』のあいだ」(雨宮処凛著、太田出版)P166より引用

 差別をする人は、自分が「いずれ『差別される側』に回る可能性がある」ことを微塵も考えないのかもしれません。

 何年か前の自分の言動に「現在の自分」が差別される心境は、どのようなものなのでしょうか。

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