転勤で3年間暮らした新潟県小千谷市で出会った温かい人たちと温かい場所

新潟県小千谷市の里山子育てひろば「木のこん」のブランコで遊ぶ男の子
先生に見守られながら、里山子育てひろば「木のこん」でブランコに乗る息子=2019年10月、新潟県小千谷市

先日、かなり久しぶりに家族で小千谷市を訪れました。息子が生後4カ月の時に赴任し、3年間暮らしたまちです。今住んでいるまちから約100キロぐらい離れていて、日本有数の豪雪地です。
 社宅は市中心部にあったのですが、最初の年の冬には3メートルぐらい積もりました。山間部では4メートル近くに達しました。

 新潟県外、しかも太平洋側にお住まいの方ですと、新潟県イコール「冬は雪に閉ざされて2階の窓から出入りする」「スキーを履いて通勤・通学する」といったイメージをお持ちの方もおられると思いますが、積雪量は場所によってかなり異なります。

 妻もぼくも生まれ育ちは新潟県内ですが、それまで1メートル以上の雪が積もる地域での生活は未経験で、豪雪地・小千谷は「異国」のようなものでした。いやホントに。

 二人とも地縁はゼロでしたし、転勤前に住んでいた新潟市と比べて人口規模は1/20ですので、生活スタイルも大きく変わりました。
 ぼくは仕事の関係でだんだん知り合いが増えていきますが、未満児とずっと一緒にいて面倒をみる妻は非常に心細かったと思います。自分から積極的に動かないと人間関係は広がりません。

 それに加え、息子が「理由は分からないけど、ものすごく育てにくい子」だったわけです。2歳1カ月で自閉症と診断され、「ものすごく育てにくい」理由は分かったのですが、その頃に妻が属していたコミュニティーに発達障害児の保護者はいませんでした。

 発語がほとんどなく、他に子どもがいると怖がって逃げ出す、同じ場所に5分と居られず、公園の遊具に全く興味を示さない…という厳しい時期でした。
 ですので、小千谷市を訪れるたび、「今もできないことが多いけど、あの頃に比べればだいぶ成長したんだなぁ」としみじみ実感します。

新潟県小千谷市の子育て支援センター「わんパーク」で遊ぶ男の子
約4年ぶりに「わんパーク」で遊ぶ息子。今の身長で施設内のアスレチックで遊ぶのには無理があったようですが、楽しそうでした=2019年10月、新潟県小千谷市

 商店街の中にある子育て支援センター「わんパーク」では、施設に入るなり、2人のスタッフの方が息子に声を掛けてくれました。
 約4年ぶりぐらいの訪問だったのですが、まだ名前を覚えてくださっていたのには感動しました。

 息子も思い出したかように遊具で遊び始めました。一通り施設内を駆け回ってから、出入り口のドアで遊ぼうとする姿をみて、スタッフの方は「そういえば、ドア好きでしたよね」。そうでした、息子のドアへの執着は小千谷時代からでした。

 この「わんパーク」、乳幼児向けのイベント(泣き叫んだり逃げ出したりで、ほとんど参加できませんでしたが‥)や一時預かりもあって、非常に重宝しました。

 われわれ以外にも子連れの転勤族の方が利用していたりして、交流の場としても貴重でした。地方の小さな街で「地縁のないママが集える場」ってなかなかないと思うんですよ。ありがたかったです。

 そして、小千谷時代のもう一つの心の拠り所だった「木のこん」。こちらには、小千谷時代からずっと息子のことを気にかけてくださり、今もメールなどで定期的に連絡をくださる先生(とお呼びしている市内在住の80代の男性)と一緒に向かいました。

 「わんパーク」が市の施設で街の中心部にあるのに対し、「里山子育てひろば」と銘打つ「木のこん」は、闘牛と錦鯉で有名な中山間地の東山地区にあり、地区の住民組織(東山地区振興協議会)が旧保育園の建物と裏山を使って運営しています。

 われわれ家族は「木のこん」発足以来のヘビーユーザーで、最大の魅力は「自由さ」でした。
 当時の息子は、児童センターのような場所に連れて行っても、他の子と同じ場所で遊べなかったのですが、ここは唯一の例外でした。

 例えば、息子は1歳になったばかりの頃から階段の上り下りと階段でのボール投げが大好きで、社宅の階段で器用に遊んでいました。

 そして、児童センターなどに行っても、遊具や絵本ではなく階段で遊ぼうとするのですが、スタッフに止められます。怪我の危険がありますし、他の子が真似する恐れもありますので、施設の管理・運営上、まあ当然のことです。
 でも、息子はその階段で遊べない理由が分かりませんので、かんしゃくを起こして児童センターから帰りたがります。

 そんな中、「木のこん」では、好きなだけ階段で遊ぶことができました。「リスクは自己管理する」という感じで、とにかく自由でした。裏山も含めて全て「遊び場」で、わんぱくな子(当時来ていたのはほとんど男児でした)がみんな「やりたい放題」で、息子が階段でボール投げをしていても、真似をする子はいなかったですし、止めるスタッフもいませんでした。

 そして、わんぱくな男の子たちと同じ場で過ごすうちに、ほんの少しずつではありましたが、息子の「世界」が広がってきましたし、その後の成長の根っこになっていると思います。

 久々に訪れた「木のこん」で驚いたのは、施設がものすごく「進化」していたことです。ハンモックやブランコが増え、裏山に至る道が整備され、室内の遊具や備品も当時と比べものにならないぐらい充実していました。

 以下に写真をいくつか掲載します(いずれも撮影は2019年10月)。「木のこん」のホームページはこちらです。

 小千谷市での3年間は、地縁・血縁が全くない転勤族だった上に、育児が一番ハードだった時期でもありますが、地域のいろいろな方々の優しさと温かさに支えられた、幸せな時間でもありました。
 日帰りでは「思い出の地」巡りが十分にできないことはよく分かりましたので、次は宿を確保して再訪するつもりです。

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