ライバルはテスラ車?〜息子とサイクリングをしている時に行っている自己流の療育について①

またまたサイクリングの話です。

 息子はここ3カ月ぐらい、ぼくが家にいると息子は「自転車に乗りたい!」とばかり言っていて、ぼくの体力が許す限り、ずっとサイクリングロードにいます。

 わが家ではABA(応用行分析)による家庭療育は妻が一手に担っていますが、1回出掛けると1時間半から2時間ぐらいマンツーマンで過ごすサイクリングは、息子の体力づくりやストレス発散だけではなく、「学び」の場でもあります。

 今回はそんな、サイクリングを通じた自己流の療育について。

 息子といつも行っているサイクリングロードでは、同じようにサイクリングを楽しむ人たちをはじめ、犬の散歩をするお年寄り、ウォーキングをするスポーツマン、補助輪をつけた自転車やストライダーに乗る小さなお子さん、自転車で通学する中学生、集団で散歩をする放課後等デイの利用者とスタッフさん、サイクリングロードの草取りや清掃を自主的に行っている住民の方々、人目を忍んで休憩スペースでいちゃいちゃする高校生カップルーなどなど、いろんな方と出会います。

 さらに、サイクリングロードと交差する道路を渡る際には、一旦止まって車がいるかどうか左右を見て、安全を確認して進むという動作も求められます。

ほら、車が停まってくれたよ。ありがとうございま〜す

ありがとうございま〜す!

ちゃんと車の方を見て言うの!

ありがとうございま〜す! ありがとうございま〜す! ありがとうございま〜す!

 こんなやり取りを何十回と繰り返すうちに、自分から「ありがとうございま〜す!」と言えるようになりました。

 「車のドライバーの方を向いて言う」ってのがまだ徹底されていませんが、それでも大きな進歩です。

 「自閉症児の療育とコンピューターのプログラミングは似ているのでは」という話を以前書きました。

 1年半ぐらい前に書いたのですが、息子とサイクリングを続けていると「やっぱりそうだよな」って思いが深まってきています。

 コンピューターのプログラミングというより「自動運転車に搭載するAI(人工知能)深層学習(ディープラーニング)を施す」感じでしょうか。

 この分野は全くの素人ですので、単なるイメージではありますが。

 一例を挙げます。サイクリングロードと交差する道路を渡る際、息子にどのような指示を与えるかについて。

 ぼくは、サイクリングロードと交差する道路をなんとなく三つのカテゴリーに分けて、それぞれに教え方を決めています。

 「カテゴリー①」と「カテゴリー③」の写真を載せてみました。

 都市部にお住まいの方は「どっちも交通量が少ない田舎道じゃないか」と思われるかもしれませんが、「カテゴリー①01」は常に交通量が多く、「02」は交通量はそれほどでもないのですが、スピードを出す車が多くて、危険度は比較的高い地点です。

 横断歩道のマークが敷かれ、「止まれ」の交通標識も大きく掲げられています。

 こういう場所は、「信号機のない横断歩道を渡る際の動作」をフルセットで教えればいいので、一番シンプルで息子も覚えやすいはずです。

 手前でしっかりと自転車を停め、左右を確認して、車がいないか停まってくれていれば渡るーでいいはずです。

 「カテゴリー③」には横断歩道も「止まれ」標識もありません。

 両側は田んぼで見通しがいいですし、ごくたまに軽トラックや農業用車両が通るぐらいで、車はほとんど見かけません。平日昼ですと、営業担当の会社員とみられる方が近くに車を停めて休んでいる光景はたまに目にしますが。

 カテゴリー③を通過する際は、こんな感じです。

車がいないね。ちょっとスピードを落として渡るよ

…(黙々とこぎ続ける)

 通るたびにこういうふうに声を掛けないと「ここは道路が交差しているんだ」という認識がなくなってしまう恐れがあるので、毎回同じセリフを繰り返しています。

 横切る際にはどんな道路でも「手前でしっかりと自転車を停め、左右を確認して、車がいないか停まってくれていれば渡る」をやればいいじゃないか、というお考えの方もおられるかもしれません。指示を単純化した方が覚えやすいとは思います。

 ただ、誰がどう見ても「あと10分ここにいても車が来る可能性はゼロ%に近いよね」という場所で律儀に「停まって左右確認」をするのは療育上、逆効果のような気がするんです。

 もちろん、お子さんの認知レベルによっては、一律の対応を教えた方がいい場合もあるでしょう。息子にそれを強要すればやるでしょうが、「これ意味ないよね」とは薄々気付くと思うんです。

 で、そういう考えから、危険度が高くてちゃんと対応が必要な「カテゴリー①」のような場所で安全確認の動作が疎かになるのではないか、と。

 メリハリは大切だと思います。

 問題は、①と③の中間にある「カテゴリー②」の道路です。

 横断歩道のマークは引いてあるのですが、「止まれ」標識はあったりなかったり。住宅街(というか農村集落)の真ん中だったり、商業地から農地に向かう細い市道(農道)だったりで、車はほとんど通らないけれど、それなりの注意が必要な場所です。

 交通事故はたぶん、こういう「中途半端に危険な場所」で起こりやすのではないでしょうか。油断してしまいますからね。

 「カテゴリー②」に近づくと、車が来ているかどうかを息子に確認させます。

車は?

車は来ない!

ホントに? 来ないね。渡っていいよ

あっちに車いるよ! ちゃんと止まる!!

 「横断歩道の前で停まる」か「スピードを落として通過する」かを自分で判断させようという考えからなのですが、息子の確認作業がまだ当てになりません。

 交差する道路の様子がまだ見えない場所なのに「車は来ない!」と言っていたり、顔は向けていてもちゃんと見ていないと思われる場合もあって、道路の状況とともに息子の様子もしっかりと観察しなければなりません。

 健常児が相手であれば、ここまで細分化していろいろ教えなくても、なんとなく察して適切な判断ができるようになるのでしょうが、息子のような障害がある場合には、「こういう場合はこうする」ってのを思いつく限り集めて、それぞれの対処法を示す必要があるのです。

 「BUSINESS INSIDER JAPAN」「テスラ『完全自動運転』最新版…性能は向上したが、まだまだ危険がいっぱい」というタイトルの記事が載っていました。

 引用します(太字と改行、蛍光マーカーは筆者)。

テスラは自動運転技術の開発に、他のメーカーが行っていない、迅速ではあるが厳格ではないアプローチを採用してきた。
そして交通の安全を守ろうとする人々は、確立されていない技術を一般のドライバーに公道でテストさせる、このテスラの戦略に反対している。
歩行者や自転車、その他の車に乗っているドライバーは、このような実験の対象になることを承認していないと、彼らは主張している。

BUSINESS INSIDER JAPAN「テスラ『完全自動運転』最新版…性能は向上したが、まだまだ危険がいっぱい」より引用

 テスラの自動運転技術はまだまだ途上にあるようです。安全な自転車の運転を学んでいる息子といい勝負なのかもしれません。

 息子は将来、車の運転免許を取ることはないでしょうし、取れないでしょう。

 自転車に乗って一人で外出することは、いずれ可能かもしれませんが、本人が経験したことがない不測の事態が起こった際にちゃんと対応できるかどうかが心配です。

 そもそも、法的に責任が問われなそうな息子が交通事故の加害者にならないよう、一人で自転車を運転させてはいけないと強く思います。

 この辺は先輩ママさんたちにも聞いてみよう。

 息子と2人でサイクリングロードを走っていると、自動運転AIの開発をしているエンジニアのような気持ちになるんです。

 息子にはAIほど膨大な情報を詰め込むことはできませんが、機転と応用力についてはAIよりほんの少し上回っていると思います。

 ライバル視しているわけではないのですが、テスラの完全自動運転が実現するのかどうか、非常に興味があります。その技術、自閉症児の療育にも応用できそうな気がするので。

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