「やまゆり園」だから事件が起きたのか、どの施設でも起こり得ることだったのか〜相模原障害者殺傷事件018

問い掛けるようなタイトルにしましたが、結論としては、ぼくは「どの施設でも起こり得ることだった」と思っています。

 障害者に関する知識も介護の経験もないまま職員となった若者をプロとして育てることができず、逆に障害者に危害を加える思想に走らせてしまったことについて、「やまゆり園」に大きな責任があるとは思います。

 ただ、事後に「この辺が至らないから問題が起きたんだ。組織の責任だ」と責め立てるのは本質的な再発防止策にはつながらないとも思っていて、「死刑囚Uを採用してしまったことがものすごくアンラッキーだった」というしかない部分も確実にあります。

 職場教育が行き届いていないくて認知の歪みと無知と経験不足によって差別意識をエスカレートさせて問題行動を起こす介護職員は全国に少なからずいるかもしれませんが、あれほどの事件は起こさないでしょうから。

 とは思うのですが、「やまゆり園」自体に、全国にある重度障害者向けの大規模施設と異なる「特別なもの」があるのかどうかは、一応確認してみます。

 まずは、やまゆり園の沿革から。

津久井やまゆり園は、県立直営の施設として1964年に相模原市(旧・相模湖町)千木良地区に定員100名で開設された。
…当時、この場所は、過疎地域で、そこに県立の精神薄弱者入所更生施設の整備の話が持ち上がった。当時の町長が、地域活性化と住民の雇用確保の場として積極的に陳情した経緯があった。

「元職員による徹底検証 相模原障害者殺傷事件 裁判の記録・被告との対話・関係者の証言」(西角純志著、明石書店)P22より引用

 地方に住む人間にとっては、かつてよく耳にしたストーリーです。

 原発の立地と同じように、過疎地域の自治体がいわゆる「迷惑施設」(1960年代であればなおさら、そういう受け止めが強かったことでしょう)を引き受けることで、交付金や固定資産税を得て、地域住民の雇用の場もできるという、典型的な「昭和の地域振興策」の一つでした。

 当時の相模湖町長はきっと、県営大規模施設を地元に誘致した「やり手」として、建設業界や商工会など地域の経済関係者から高く評価されていたのでしょう。

誘致するときに、地域の皆さん方から年齢制限なく県の職員として五十何人か雇う、試験も何もなし、福祉の「ふ」の字も知らない人たちが職員になったんです。
その中にだらしない人もいたのは事実です。それが何年も辞めないで指定管理制度になるまでいたんです。とても情けなかったです。

「季刊 福祉労働155『入所施設の現在ー相模原障害者施設殺傷事件を受けて』」(現代書館)P80より引用

 被害者の父親でやまゆり園家族会前会長尾野剛志さんの証言です。

 とても生々しいです。行政の文書にこういう話は決して出てこないでしょうし、タブーというほど大げさなものではないですが、テレビや新聞といったマスコミが触れにくい類のネタでもあります。

(2005年の)民営化以降、職員は入れ替わり、パートなど一部の職員の給与は最低賃金にまで下がった。
食事の調達は外部に委託されてしまい、食材などを地元から調達するという約束が反故にされた。園と地域の関係が希薄になったという証言もある。

「元職員による徹底検証 相模原障害者殺傷事件 裁判の記録・被告との対話・関係者の証言」(西角純志著、明石書店)P23より引用

 「職員が入れ替わり」というのは、地方公務員である神奈川県の行政職員(地元の縁故採用者も含め)が引き上げ、指定管理者となった「社会福祉法人かながわ共同会」の職員が入った、ということなのでしょう。

 「民営化」というと聞こえがいいかもしれません。地方行政において一昔前にブームとなり、今も訴えている国政政党があります。

 この頃、指定管理者制度の導入によるサービス水準とスタッフの待遇の低下は、良い悪いは抜きにして、全国どこでも見られた光景だったはずです。

やまゆり園はむしろ、日本の施設のスタンダードか、あるいは少し上くらいだと思います。
給与水準は介護職としては高いし、残業はなく有給休暇も取りやすい。夜勤明けの翌日は休みという勤務体制も看護師並みです。
やまゆり園に問題があるということは、日本の施設の大半に問題があることと同じだということでしょう。

「パンドラの箱は閉じられたのか〜相模原障害者殺傷事件は終わっていない」(月刊「創」編集部編、創出版)P161より引用

 なるほど。

 就職した直後に「給料が安い」と嘆いていた死刑囚は、障害者福祉に関する知識がなかっただけでなく、介護職の給与水準についての知識もなかったようです。

 やまゆり園の支援については、事件後、入所者家族らから批判も上がっていました。

泰史氏からは直接話を聞く機会も多いが、やまゆり園での生活は強度行動障害があるということで、非常に制約の多い日々だったという。
ほとんど閉じ込められたまま、社会との接点はほぼ皆無という状態で、やがて体力も気力も、ものごとへの興味も衰え、ただぼーっと過ごすだけになってしまう。そういった状態を、施設では『何の問題もなく、穏やかに過ごされています』と説明するわけだ」と痛烈に批判している。

「季刊 福祉労働167『津久井やまゆり園事件が社会に残した宿題』」(現代書館)P64より引用

 息子さんが4年間入所していたという平野泰史さんの告発です(太字は筆者)。

 恐ろしいことです。

 施設としては、問題行動ばかり起こす成人男性を「体力と気力とものごとへの興味が衰え、ただぼーっと過ごすだけ」の状態に持っていければ処遇はラクになるでしょうが、非人間的であること極まりないです。

 それは「福祉」と呼べるのでしょうか。

 この事件を巡る論考では、障害者を大量に収容する「施設そのもの」の「存在自体が悪」という指摘もよく目にしました。

 やまゆり園に限ったことではなく、「施設というもの」に入所した経験がある当事者の方々からは、施設内で差別や虐待や人間性の否定を受けただけにとどまらず、「命の危険すら感じることもあった」という証言もありました。

 この点は、近いうちに別稿で取り上げます。

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