ずっと憐れみの対象だった「障害者」が皇族と並べられ、うらやましがられ嫉妬され八つ当たりされる存在になってしまった〜やまゆり園障害者殺傷事件より001

相模原市のやまゆり園障害者殺傷事件に関する本を先月(2021年9月)末から読み始め、もう少しで9冊目が終わるところです。

 事件関連の本に出てきた支援団体や当事者、専門家の方が書いたものも何冊か手元に揃えましたので、これからは事件に直接関係ない本も読んでいく予定です。

 これだけ大きな事件でもあり、障害当事者や当事者家族、支援者をはじめジャーナリスト、有識者、学者・専門家といったさまざまな属性の方々が多くの側面から分析や解釈をされています。

 一方で、これらの本でも指摘されていますが、この事件は「精神障害者が重度知的障害者を大量に殺害した」という、一般社会から遠い存在同士で起こった極めて特殊な悲劇と捉えられているフシがあって、社会的には既に忘れ去られようとしています。

 事件を起こした死刑囚を「精神障害者」のカテゴリーにくくるのは不適切かつ乱暴ですし、犠牲になった方々も、報道や裁判でほぼ全員が匿名だったこともあって、生い立ちや性格、趣味嗜好などが伝わりにくく、「殺害された19人の障害者」といった「まとまり」として扱われてきた感じもします。

 ぼくの場合、障害者の親だからこそ、事件から5年以上経ったタイミングで関連の本を読みまくっているわけで、事件のことを忘れた多くの「障害児(者)界隈の外にいる人たち」に対して、「薄情じゃないか」と言うつもりはありません。「なるべく忘れないでほしい」という願いはありますが。

 事件が風化しまくっている今だからこそ、事件に関する本を読んで思ったこと、風化させてはいけないこと、社会全体で考えてほしいことなどを発信する意義があるのかなと思いました。

 障害者の親として「学び」や「気付き」も多々ありました。

 大所高所の視点からのまとまった形の論考は専門家の方々にお任せするとして、ここでは、 本の一部を引用し、それに関して思ったことをなるべく簡潔にまとめるーという形で書いていきます。

 気になったものがありましたら、ぜひ本を手に取っていただければ幸いです(以下、引用内の改行と太字、蛍光マーカーは筆者)。

 かつて24時間テレビを批判してきた人たちは、障害者運動と近いところにいて、障害者をそういう感動のネタにすることを批判してきたわけですが、近年生じてきた批判は、むしろストレートな障害者への敵意から来るもので、「彼らは特権階級だ」「優遇されている」「金集めに利用されている」と。

「この国の不寛容の果てに〜相模原事件と私たちの時代」(雨宮処凛編著、大月書店)P100より引用

 脳性麻痺の当事者で小児科医、東大先端科学技術研究センター准教授(肩書は書籍発行時)の熊谷晋一郎さんが、著者の雨宮処凛さんとの対談で語ったものです。

 本が出版されたのが2019年9月ですので、ここでいう「近年」は2010年代に入ってからといったところでしょうか。

 24時間テレビに対する違和感については、このブログでも過去に取り上げています。

 もちろんぼくも、「感動のネタにすることを批判」していたわけですが、障害者への敵意から24時間テレビを批判する人たちがいるという点には、気づいていませんでした。

 いわゆる「ネット右翼」の中では、在日コリアンは生活保護を優先的に受給できるとか、障害者の運動は左翼勢力に操られているとか、荒唐無稽なことが信じられています。
 共通しているのは、「あいつら甘えている」「不当に守られている」という、やっかみと嫉妬なのかなと思います。

「この国の不寛容の果てに〜相模原事件と私たちの時代」(雨宮処凛編著、大月書店)P159より引用

 元障害者ヘルパーで批評家の杉田俊介さんとの対談で、著者の雨宮さんが語ったものです。

 あえて引用はしませんが、この死刑囚も、事件を起こす前に措置入院した際の体験を振り返る際に、同じような「社会的弱者を敵視する発想」を語っています。(*1)

 対談では、2010年代に入ってからさまざまなマイノリティ(少数者)全般に向けられるヘイトスピーチ的なものが蔓延し、この事件によって「障害者差別」「優生思想」の問題「民族差別」「排外主義」の問題がつながっていることが可視化されたーとの指摘もされています(同書P158)。

 この辺の分析は、ネット世論の移り変わりを半ば趣味でずっと眺めてきたぼくには、腑に落ちるものでした。

 それでも先日、ネット掲示板を眺めていて、眞子さまと小室圭さんとの結婚を扱ったスレッドで「皇族は障害者や生活保護受給者と同じ税金泥棒」という趣旨の書き込みを見つけた時には、すごくびっくりしました。

 障害者がついに皇族と並べられたのか、と。

 ぼくは、いわゆる「バブル世代」より少し若いですが、大学に入ったばかりの頃、バブルの一番端っこに引っかかって浮かれていた文系の先輩たちの様子をよく覚えています。

 就職は「超売り手市場」だったためみんな強気で、証券会社や銀行、商社がもてはやされていました。公務員を目指すのは「気が利かなくて要領の悪い陰キャ(この言葉は当時ありませんでしたが)」で、フリーターは「自分の生き方を貫いていてカッコいい」と言われて一目置かれていました。

 今あらためて文章にすると現実感が薄いですが、30年以上前にこんな時代がありました。

 自分の力をフルに発揮し、努力し、24時間働けば、より高い報酬が得られ、より社会的地位が上がり、より自由で刺激的な人生を送ることができるー。そんな社会で主役を自認するイケイケの(あえて死語を使います)人たちにとって、公務員は「成果を上げてもそれに見合った収入が得られない、退屈な職業」でしょうし、生活保護受給者は「負け組」、障害者は「能力が限定された『かわいそうな人』」だったのではないでしょうか。

 しかしその後は皆さんご存知の通り、バブル経済が崩壊して「失われた10年」「失われた20年」なんて言葉が使われるようになって、社会全体がどんどんギスギスしてきました。

 景気さえ良ければきっと、公務員がやっかみの対象になることはないでしょうし、障害者や生活保護受給者といった社会的弱者への執拗な攻撃よりも「楽しいこと」に目が向くのではないでしょうか。

 かつては憐れみの対象だった「障害者」が、うらやましがられ嫉妬され八つ当たりされてしまうほど社会が傷んでしまったーともいえます。

 当たり前ですが、障害者に嫉妬して八つ当たりしたところで、攻撃している人たちの「生活の質」が向上するわけではありません。

 障害者を攻撃する人たちの言葉から分かるのは、この人たちは自分が「虐げられた階級」に置かれ、「冷遇され」ていて、「甘える」ことができず、「正当に守られて」いないという認識で生きているのだろうーということです。

 自分たちが欲しくても手に入らないものを、障害者と生活保護受給者と皇族は持っている、と。

 だからといって障害者への攻撃や差別が正当化されるわけでも許されるわけでもありませんが、健常児(者)界隈で勉強やスポーツ、創作活動、仕事が苦手だったりコミュニケーションを取るのが不得意だったりという理由で「生きづらさ」を抱えているのであれば、「私たちだって困難を抱えているんだ」と声を上げて、障害児(者)界隈で生きる人々と組んで、「より生きやすい」環境をともに作っていきましょうーとなればお互いにハッピーなのに、そうではなくて自らを強者の側に投影して弱者を攻撃・差別する方向に進んでしまう人がいるのはなぜなのか。

 障害者を攻撃・差別する自称「虐げられた階級」の人々が安心して暮らせる社会はきっと、障害者にとっても暮らしやすい社会であるはずです。

 (1*)「開けられたパンドラの箱〜やまゆり園障害者殺傷事件」(月刊「創」編集部編、創出版)P61

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ずっと憐れみの対象だった「障害者」が皇族と並べられ、うらやましがられ嫉妬され八つ当たりされる存在になってしまった〜やまゆり園障害者殺傷事件より001” に対して2件のコメントがあります。

  1. 内藤織恵 より:

    大変残念な事ですが、障害者の中でもヒエラルキーがあります。
    オウムの浅原も、盲学校時代に「少し見える」という事で、クラスのボスの様に振る舞っていたようです。同じように、精神にもそういう考えを持っている人がいます。
    私は鬱病ですが、先日「うつヌケ」した方に電話でボロクソに言われました。
    「まだそんな考え方をしているのか。だから鬱が治らないんだ」とか何とか。
    同じ障害でも、「あいつよりマシ」という優生思想に囚われているのです。
    これは、人間であるからには沁みついている思想なのでしょうか?
    この思想にあらがう事が出来るのが人間であると思いたいのですが。。。
    https://spkr9w49.wixsite.com/kokokara/news-3
    私もまだまだ勉強中です。お時間ありましたら、是非ご参加ください。

  2. かにママの夫 より:

    ご連絡ありがとうございます。11月28日のオンラインシンポ、参加したいです。明日、会社に休日申請した後に、チラシに記載されているメールアドレスに申し込みます。活動を幅を広げられていて、素晴らしいです。
    「障害者内のヒエラルキー」って結局、「健常者にどれだけ近いか」=「障害が軽いか」ということで発生するのでしょうが、健常者が中心の社会で生きづらさを抱えている人が多いことを考えると、なんか複雑ですよね。この辺のことはいずれ、ブログに書こうと思います。

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