障害者スポーツにおける「勝ち・負け」にどのような価値があるのか〜当事者家族が思う「感動ポルノ」⑦

このタイトルだけですと暴言というか一種の極論のように捉えられるかもしれませんが、これは中度知的障害(+重度自閉症)児の親としての率直な疑問です。

 パラリンピックに知的障害者の種目がありますが、「この人は知的障害だから競技に出ていいけど、あなたは軽いからダメ」といったその分け方が果たして妥当なのかどうか、分け方が妥当でなさそうなグループ内で勝敗を競ったところで、その「勝ち・負け」に意味はあるのかー。こういったことを前回の記事で指摘しました。

 例えば、その競技の参加資格が「知能指数(IQ)が●以上」と規定されているとしたら、IQが最も●に近い(グループ内で最も健常寄りの)選手が有利でしょう。

 また、知的障害のほかに別種の障害がある人よりも、知的障害オンリーの人の方が有利になることも考えられます。

 となると、その競技で勝者をたたえる際に、どうしても「やっぱり障害は軽い方が有利だし、障害がないのが一番いいよねー」って発想につながりかねないとも思うんです。

 今回、「感動ポルノ」を巡ってネットでいろいろ調べているうち、過去のパラリンピックで不正があったことを知りました。

 2000年シドニーパラリンピックの知的障害バスケットボールです。

 ライターの松原孝臣さんNumberWebに書いた記事「選手に嘘を言わせて…韓国パラリンピック柔道元監督の卑劣な不正手口と“事件”が繰り返される理由」から引用します(蛍光マーカーと太字は筆者)。

 有名なのは、2000年のシドニーパラリンピックで起きた出来事だ。知的障害バスケットボールで優勝したのはスペインだったが、12名の代表選手のうち10名は知的障害があるかのように装っていた健常者であったことが発覚したのだ。
 その影響は多大であった。2012年のロンドンパラリンピックまで、バスケットボールに限らず、知的障害者はパラリンピックに出場できなくなった。どの競技であってもだ。
 その後も、自身に有利になるよう、偽装する動きがなくなることはなかった。

NumberWeb「選手に嘘を言わせて…韓国パラリンピック柔道元監督の卑劣な不正手口と“事件”が繰り返される理由」より引用

 エグいですね。代表12人のうち10人が健常者ってそれ、ただの草バスケチームじゃないですか!

 これだけひどいスキャンダルなのに、当時ニュースで観た記憶が全くありません。

 国内のマスコミが報道を自制したのか、単にニュース価値が低いと判断して報じなかったのか、今となっては分かりませんが。

 また、当事者の親になって7年半にもなるのですが、障害者のスポーツに興味を持ち始めたのがつい最近ということもあって、知りませんでした。

 記事のタイトルになっているのは、「韓国の検察が、視覚に障害があると偽り健常者をリオデジャネイロパラリンピックなどに出場させ、政府からの報奨金を不正に得たとして、韓国柔道代表の元監督を起訴し、あわせて選手13名を在宅起訴した」というスキャンダルのことです。

 知的以外でも不正がまかり通っていたとは…。

 障害者スポーツを使った詐欺という犯罪ですので、障害者を使って「感動ポルノ」を製造して儲けようとするよりもはるかに悪質ですね。

 知的障害バスケの話に戻ります。

 ハフィントンポスト(HUFFPOST)に国際障害者スポーツ写真連絡協議会(パラフォト) 代表の佐々木延江さんが書いた記事シドニーパラリンピック『替え玉事件』から20年。今こそ問う、真に『勝つ』とは?」から引用します(蛍光マーカーと太字は筆者)。

裁判では資格詐称に至った理由について「社会貢献をしているという認識」「世界的な大会で優勝することで、障害者団体に莫大な資金が集まり障害者のためになる」「他国チームでも強化、またパワーバランスのために障害者、健常者の混合チームで構成されているのはあたりまえだという認識だった」などと語られたが、いずれにせよ当時のスペイン障害者スポーツ協会ぐるみの不正には違いなかった。

ハフィントンポストシドニーパラリンピック『替え玉事件』から20年。今こそ問う、真に『勝つ』とは?」より引用

 知的障害者のふりをして知的障害者向けの世界大会にもぐり込んで優勝することが「社会貢献」で「障害者のためになる」とは、今の感覚からすると考えられません。

 シドニーパラリンピックは2000年、「奇跡の詩人」騒動が2002年。障害者が「不幸で無力でかわいそうな人たち」と今以上に思われていた時代だったのでしょう。

 記事にはシドニーパラリンピック当時から知的障害バスケットボールの日本代表チームを指導する小川直樹ヘッドコーチも回想も載っています。

「格がまったく違い、お手上げだった。なかでも判断力は健常者並みであると感じた。シュートはわざと失敗することが出来ても、プレーにおける瞬時の判断までを演技することは出来なかったのだろう」

ハフィントンポストシドニーパラリンピック『替え玉事件』から20年。今こそ問う、真に『勝つ』とは?」より引用

 生々しいです。

 知的障害者は障害ゆえ判断力が「弱い」わけで、突き詰めると、結局は「障害が軽い(ない)方が勝つ」ということになるのでしょう。

 そして、見た目ではその選手が「知的障害者スポーツに出場資格があるほどの障害があるのかどうか」は分かりにくいため、障害者スポーツに関心を抱いて感動してくれる方たちが「騙される」リスクがあるわけです。

 もうすぐ開幕するという噂がある東京オリンピックには、女子の重量挙げにトランスジェンダーの選手が初めて出場するというのがニュースになっていました。 

 パラリンピックから遅れること20年余、オリンピックでも参加資格の公正性、すなわち「その勝ち・負けに意味があるのかどうか」が議論される時が来たようです。

 息子は体を動かすのが好きで、最近はサイクリングに熱中しています。

 そんなこともあって、「息子にできる障害者スポーツはあるかな」と思って情報を集め始めたのですが、競技する環境が整っていて本人に適性があることが分かったとしても、パラスポーツを勧めるかどうか、微妙な感じです。

 障害者が参加するスポーツの「勝ち・負け」にどのような価値があるのか、教える自信がないからです。

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