あのコーネリアス小山田圭吾氏がいま炎上していることについて障害児の父親となった50歳「元サブカルおっさん」が思うこと

昨日(7月15日)の朝、スマホでYahooニュースのアプリを開き、本当に驚きました。

 「音楽ナタリー」が配信した「オリンピック・パラリンピック開会式の音楽監督をFPM田中知之が担当、作曲メンバーに小山田圭吾」と題する記事を目にしたからです。

 記事を引用します(太字は筆者)。

「東京2020オリンピック競技大会」の開会式コンセプト「United by Emotion」には、これまでの日々を共に進んできた世界中の人々への感謝称賛未来への希望を感じることができる時間を作りたい、という願いが表現された。

音楽ナタリー「オリンピック・パラリンピック開会式の音楽監督をFPM田中知之が担当、作曲メンバーに小山田圭吾」より引用

 そう、五輪の開会式だからこういうキレイなお題目を並べるよね。まあコンセプトはこんなもんなのでしょう。

 しかし、そこになぜ小山田圭吾?

 世界最強のエリートアスリートたちが集うオリンピックだけじゃなく、「オリンピック・パラリンピック開会式」なんだよ。

 障害者スポーツの祭典も入っているんだよ。混ぜるな危険。

 オファーする主催者もどうかしているし、仕事を受けた小山田氏もどうかしている。

 このミスマッチぶり、ぼくにとっては快楽亭ブラック師匠が文化庁長官に内定」に匹敵するぐらいの強烈なインパクトがありました。

 一部落語マニアにしか通じない、分かりにくい例えで恐縮ですが。

 ぼくがこの記事を読んだ昨日朝の段階でも既に、それなりの数のコメントが付いていました。

 昼ぐらいになるとTwitterのトレンド上位に入り、「5ちゃんねる」でスレッドが立ち、複数のスポーツ紙が記事にし、この日の夜には毎日新聞も記事化していました。

 炎上に至る展開には、何ら驚きも意外性もありませんでした。

 初めて知ったお若い方たちは、そりゃ引くよねー。

 小山田氏が陰惨な『障害者いじめ』をした経験を雑誌のインタビューで得意げに語る『人間のクズ中のクズ』だってことは、あるツイートの表現を借りれば、「サブカル老人会・インターネット老人会なら常識みたいな話」なんです。

 同年代のぼくにとって確かに、これは「夏は暑い」「蚊に刺されるとかゆくなる」というのと同じレベルで常識でした。

 どうでもいい昔語りを少し。

 小山田氏は昔、小沢健二氏と2人で「フリッパーズ・ギター」というユニット(バンド?)を組んでいて、ぼくは大学時代によく聴いていました。カラオケでもよく歌いました。

 歌謡曲とロックにしか触れたことがなかった田舎出身の若者にとってフリッパーズ・ギターは「存在自体がセンスの塊」で、聴くたびに「さすが東京生まれの金持ちお坊ちゃんは違うわー」と打ちのめされていました。

 とにかくカッコよかった。

 それまでの人生で全く触れたことのない種類の「カッコよさ」が詰まっていました。

 ぼくはオザケン派だったのですが、当時付き合っていた彼女が小山田氏のファンで、彼女に連れられてコーネリアスのライブに行ったこともあります。

 今回の炎上で気づきましたが、このインタビューが雑誌に載ったのは1994、95年とのことで、ライブに行った時期と重なっています。

 しかしこのインタビューはリアルタイムでは読んでおらず、その数年後、社会人になってから、たぶん「旧2ちゃんねる」を通じて初めて存在を知りました。

 インタビューの内容については、胸くそ悪すぎるため、ここでは引用しません。

 ご興味ある方は自己責任で、気分が悪くなるのを覚悟の上でGoogle検索してみてください。

 このインタビューの存在を知った頃には渋谷系音楽のマイブームはとうに過ぎ、「そういえば小山田圭吾っていたなぁ。懐かしいなぁ。期待を裏切らないクズっぷりだなぁ」という程度の受け止めでした。

 そして、結婚して息子が生まれ、息子に診断名が付いてから今に至るまで、小山田氏のエピソードを特に気にすることはありませんでした。

 ネットでは思い出したかのように定期的に話題になっていましたが、感情としては、「懐かしさ」しかありませんでした。

 当たり前ですが、ぼくの生活には何ら関係もないことです。

 もちろん、障害児の親としては、わが子がこんないじめに遭ったとしたら怒り狂います。当然です。

 そんなことがあれば、民事・刑事の法に則って加害者の方から自ら行ったことに見合うだけの責任をきっちり取っていただけるよう、契約した代理人弁護士と一緒に粛々と手続きを進めていく。それだけのことです。

 小山田氏にいじめられていた障害者やそのご家族の方も、既にそんなふうに「落とし前」をつけているのかもしれません。

 ものすごく昔のことですし、当事者間のことですので、分かりませんが。

 それだけのことであって、この炎上を受けて、どなたかがこれから「政治的な判断」をするのかもしれませんが、ぼく個人としては「小山田氏は今からオリンピック開会式の音楽担当を降りるべきだ」とは思いません。

 ゴタゴタ続きの東京五輪がいよいよ開幕する直前の「最後?のゴタゴタ」として、ふさわしい感じもします。

 今回の騒動で初めてインタビューの内容を知った方は驚き、嫌悪感をあらわにされているでしょうが、「サブカル老人会・インターネット老人会」に属する50歳のおっさんとしては、小山田氏が行った「障害者いじめ」そのものより、「小山田氏が障害者いじめを得意げに語っていた当時の時代背景」の方にあらためて注目しています。

 現在、地位と立場がある政治家や芸能人、経済人などにも、子どもの頃に障害者をいじめた経験がある人はいるでしょうが、そのことを自ら語る人は極めて少ないでしょう。

 語ったとしても損するだけで、何らメリットがないからです。

 では、売れっ子のアーティストで、売れっ子だったがゆえに雑誌のインタビューのオファーがあって受けた小山田氏がなぜ、「障害者いじめ」のエピソードを得意げに披露したのか。

 尋問を受けて嫌々告白したわけではないのです。

 これは、「アーティストとしての自分」に「メリットがあるから」語ったと考えるのが自然だと思います。

 一部から反発があるのは承知の上で、「障害者いじめ」エピソードを披露した際のメリット・デメリットを足し引きした上で、メリットの方が大きいと当時判断したはずです。

 「『昔は悪いことをした』と鬼畜エピソードを自ら語る常識外れの俺カッコいい」って感じだったのでしょう。グロ動画にハマって残酷なことを言えばカッコいいと思っている男子中学生のようなノリで。

 そんな内容のインタビューを平気で載せた当時のサブカル系雑誌もすごいです。

 雑誌の担当編集者も出版社の幹部もきっと、小山田氏と同様、情報を発信する側の「才能ある選ばれし上流の人間」という意識から、「こんな鬼畜エピソードをそのまま掲載する常識外れの俺カッコいい」って感じでイキっていたのでしょう。

 「情報を流す側・受け取る側」という上下関係が希薄になり、ネットを介してリアルタイムな双方向のやり取りができるようになり、二十数年後に蒸し返されて大炎上することは、まったく想像もつかなかったはずです。

 そして、雑誌を読む側だったサブカル好きな当時の若者も、「こんな胸くそ悪い鬼畜エピソードを平気で受け流して消費できる俺(私)カッコいい」というノリだったのかもしれません。

 今回の炎上で「90年代の寒いノリ」という表現を使ったツイートがありましたが、1990年代に20代を過ごした元若者としては、こういう「寒いノリ」が当時の若者全体を支配していたわけではない、ということは、はっきりと申し上げておきます。

 ただ、こういう露悪的な言動をすればカッコいいと思い込んでいた、90年代以降に誕生した言葉を当てはめれば「キモい」「寒い」「痛い」連中は確かにいました。

 誰に頼まれるでもなく自ら語った「障害者いじめ」エピソードをアーティストとしてのセルフブランディングに利用していたであろう小山田氏が今、この炎上に対してどうコメントするのか、とても興味があります。

 「サブカル老人会・インターネット老人会」のメンバーにとって今回のオリパラ開会式は、小山田氏の新作に二十数年ぶりに触れることができる、またとない機会です。

 聴いてみたいです。

 当たり障りのない単語を並べただけの謝罪は「カッコ悪い」とぼくは思います。

 ここは、2020年代っぽい新たなセルフブランディングで、カッコよく乗り切っていただけばと期待しております。

 昔コンビを組んでいた小沢健二さんの歌詞のように、「クールな僕は まるでヤング・アメリカン」って感じで、ぜひ。

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