8年間続けてきた「つみきの会」を卒業しました 

先日あった「つみきの会」新潟支部定例会から車で家に帰る中、妻が「つみきの会を卒業する」と言ってきました。

 「つみきの会」は、会のサイトのトップページにありますが、「自閉症の療育法としてのABA(応用行動分析)、特にABA早期療育に取り組む親と療育関係者の会」です。

 われわれ家族の場合、2歳1カ月で息子が自閉症と診断され、その数カ月に会に入りましたので、当時はまさに「ABA早期療育に取り組む親」でありました。

 しかし今や息子は10歳3カ月、つみきの会への在籍期間も8年になろうとしています。

 当事者の年齢にかかわらずABA的なアプローチは有効であるとは思いますし、妻としてもまだ学ぶべきことはあるのだと思いますが、「早期療育」をうたう団体にこれ以上長くいるのは…という気持ちになったのかもしれません。

 このブログに何度も書いてきましたが、ぼくはABA療育には全く関わっていません。

 定例会を見学したのも最初の頃の2、3回だけで、定例会の日はもっぱら妻の送迎と息子の遊び相手をしていました。

 会のことは分かりませんが、8年近く送迎をしてきた夫としても、それなりに感慨深いものがあります。

 息子は2カ月前に療育手帳の更新があって、判定がBからAに変わりました。

 息子の実年齢は10歳ですが、健常児に当てはめると3歳ぐらいの発達状態なのだそうです。

 判定を受けた直後にこんな記事を書きました。

 こんなに障害が重いのに、息子も妻もよく頑張ってきたなぁと。

 療育手帳A判定で支援級に通っている児童は少ないのではないでしょうか。少なくとも、息子は通う小学校の支援級にはいなそうです(ざっとみた感じで、たぶん)。

 「発達障害児の親」界隈では、通常級に入ることができた、大学に進学できたことが「憧れの成功事例」として紹介されがちですが、そういった価値観については、息子の障害の重さを知るずっと前から、個人的に違和感を抱いていました。

 福祉のサポートから離れることが「成功」なのか。それによって本当に当事者本人が「生きやすく」なったのか。保護者の自己満足に過ぎないのではないか。

 一方で、Twitterで当事者家族の「壮絶な叫び」もよく目にします。

 ぼくは、息子の障害に関して一度もツイートしたことがありません。140文字で簡潔にまとめる才覚がないですし、Twitterのスピード感についていけない感じもします。

 それ以前に、ぼくは「壮絶な叫び」を持ち合わせていません。

ホワイトボードに文字を書く息子
写真=ホワイトボードで文章を書く練習をする息子=2022年3月

 重度自閉症・重度知的障害がある息子との日々は、とても幸せです。

 当事者である息子がどういう思いで日々過ごしているのかは想像するしかありませんが、見た感じでは、とても楽しそうです。

 この「心の平穏」はおそらく、ぼくと妻の「思考の浅さ」「物の見方の単純さ」「視野の狭さ」「退屈さに耐える力」などに根ざしているのではないかと思われますが、それに加えて、もともと無意識的に「競争から降りている」からなのかもしれません。

 もっとも、妻もぼくも、息子が健常児だったとしても「競争に勝たなきゃダメだ」という教育はしなかったでしょう。知的好奇心を育み、多様な物の見方ができるように手助けをすることはあったでしょうが。

 セラピストの先生から助言をいただきながらのABA療育はたぶん、一生続けることになると思いますが、早期療育を旨とする「つみきの会」からは卒業します。ありがとうございました。

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