自閉症児のコミュ力を両親が補う試み

そういえば「コミュ力」なんて言葉は、ぼくが子どもの頃にはなかったと思われます。大学生の頃も、社会人になったばかりの頃も聞いたことも使った記憶がないです。
 これだけ「コミュ力」がどうこう言われるようになったのはここ十数年ぐらいでしょうか。アラフィフのオッサンの感覚では、「〜活」ってのと同じで、新しめな造語なんです。

 「社会人としてやっていくにはコミュ力が最も大事」なんて言われるようになり、コミュ力が低いと「スクールカースト」で最下層に位置づけられ、「ぼっち飯」を強いられ、「リア充」には相手にされず、「非モテ」認定され、「生きづらさ」を感じ、就職活動に失敗して「ニート」「引きこもり」になるリスクが高く、年を重ねると「無敵の人」「子ども部屋おじさん」呼ばわりされる…。

 ここ十数年ぐらいに出てきた言葉をテキトーに並べてみました。「プロのコミュ力強者」ともいえるお笑い芸人がモテまくる現代日本社会において、「コミュ力が低い男」は一番の弱者なのかもしれません。

 息子は赤ちゃんの頃からよく笑う子で、喜怒哀楽の表情はそれなりにあります。一見親しみやすそうですが、話し掛けられても無反応ですし、目を合わせないどころか相手の顔すら見ません。困ったものです。

 重度自閉症という障害ゆえ「限りなくコミュ力がゼロに近い」わが息子は、そんな風潮の現代日本社会において、どうすれば「生きやすく」なるのか? 妻とぼくが考えた対処方針は次のようなものです。

  1. 身だしなみを整える
  2. できる限り多くの人に知ってもらう
  3. なるべく側にいて子ども同士のコミュニケーションを補う
  4. 30〜40年かけてコミュ力をゆっくり育てる

 1.は「パッと見で嫌われないよう清潔感を保つ」ということで、コミュ力を発揮する前段階の話ですね。
 ハンカチとティシュを常に持ち歩く、人前で鼻をほじらない、寝ぐせを直すーなどなど。頑張ってはいるのですが、まだ身についてはいません。

 2.は、「息子の(障害に伴う)性質を周囲の方々にあらかじめ知っていただければ、いろいろと物事がスムーズに進むだろう」という期待からです。
 ご近所さん、町内会、交番の警察官、学校の先生や保護者、市内の福祉関係者といった方々にお会いできる場があれば、なるべく息子を連れて行くようにしています。

 わが息子が運転免許を取得するのは無理でしょうし、高度な専門性あるいは旺盛なチャレンジ精神を持って「外国で一人暮らししたい」と言ってくる可能性も極めて低いでしょうから、幼い頃から「地域に根ざして生きる」ことは非常に大事だと思うんです。

 2.が「対大人」だとすれば、3.は「対子ども」です。この文章を書いている時点(2019年9月)で息子は小2(特別支援学級)で、ありがたいことに通常級の同級生も上級生も息子に声を掛け、あいさつしてくれます。本当にいい小学校なんです。
 でも、そんな心優しいお子さんたちだって、「何度あいさつしても目を合わせず、無視してくる」息子に愛想を尽かす時期が来るでしょう。そりゃそうですわ。感じ悪く見えますからね。

 妻やぼくが一緒にいる時であれば、「ちゃんとお友達の目を見て『こんにちは』ってあいさつしなさい」と言って促せばその通りにやるので、何とかその場は収まります。その上で、話し掛けてくれたお子さんと雑談をします。

 初めて会うお子さんであれば、「◯◯(息子の名前)は障害があってしゃべれないんだ。ごめんね」と説明すれば、「悪気はないんだな」と理解してくれます。

 こういう対応を繰り返しているうちに、お子さんたちは「あっ、◯◯さんのママ(パパ)だ!」と、妻やぼくの方に声を掛けてくれるようになりました。
 息子の障害について伝えることができますし、「◯◯くんのママ(パパ)のことを知っている」という同世代のお子さんが増えれば、それだけ息子は「生きやすく」なるのかもしれない、という期待もあります。

 あと、健常のお子さんと話すのは、単純に楽しいです。息子とだけ接していると、「多くの小2はどんな感じなのか」ということを忘れてしまうんです。
 みんなレベルが高いし頑張っているし可愛いし、大きなお世話ではありますが、「あなたのお子さんはそのままでもスゴいのですから、あんまり怒らないで褒めて育ててくださいね」と願わずにはいられません。

 4.は「妻とぼくが死ぬまでに、できる限りコミュ力を向上させる」ということです。妻とぼくが日本人の平均寿命(男81歳、女87歳=小数点以下切り捨て)だけ生きたとして、息子が40歳の時にぼくがいなくなり、56歳の時に妻もいなくなります。それまでの間に、第三者とそれなりの日常会話ができるようなレベルに導ければいいなぁと思っております。

 こういう計算をしたのは初めてなんですが、息子が40歳やら56歳って、ずっと先じゃないですか。こんだけ時間があれば、何でもできそうな気がしてきました。そのためにも、ぼくも妻も平均寿命ぐらいは生きなきゃいけないなぁ。うわぁ頑張ろう。

 妻もぼくもよくしゃべる人間で「息子はぼくらよりおしゃべりかもねー」と出産直後に言い合っていただけに、自閉症という診断を受けた時には心底驚きました。
 「おしゃべり」と「コミュ力」は少し違うかもしれませんが、妻はコミュ力も高いです。実家が商売をしているので、幼い頃から鍛えられているのだろうと思っていたのですが、結婚して妻の親族の皆さんと初めてお会いした時に、そんな甘いものではないと思い知らされました。ず〜〜としゃべり続けているんです、皆さん。スゴいですわ。DNAレベルでかないません。
 ぼくは職場や仕事先で「コミュ力が高い」と目されているようですが、職業上の必要に迫られて無理やり身につけたスキルであって、しょせん「社会人デビュー」の素人です。レベルもスタミナもだいぶ低いです。ただ、文章を書くスピードは早いので、妻が考えていることを口頭で聞き取り、ぼくが文章化するーといった役割分担をすることもあります。
 そんな2人で「コミュ力ほぼゼロ」の息子をフォローしております。このサイトもその一環であります。

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