療育と生活のバランス(セラピー・ライフ・バランス)をどうする〜「重度自閉症児と暮らす日常」を記録し続けて思ったこと①
われわれ家族が、ABA(応用行動分析)に基づく早期家庭療育に取り組む保護者や関係者で作る「つみきの会」のメンバーで、つみきの会の「落ちこぼれ」だったことは以前にも書きました。
落ちこぼれだったと過去形にしたのは、妻のセラピー技術がめきめき向上し、息子がぐんぐんと目覚ましい成長を遂げているからではありません。
入会して約6年半、息子はもうすぐ8歳9カ月になります。
つみきの会が言うところの「早期家庭療育」の、「早期」という年齢からとうに外れていると認識しているからです。
会の「主たる構成員」である時期はかなり前に終わってしまいました。
それでも妻は毎日、息子に家庭療育を続けています。
数カ月に1回ぐらいのペースではありますが、凄腕のセラピストさんに来ていただいて指導を仰いでもらっております。
息子の成長と同様、われわれ家族のABAとの付き合い方もマイペースといった感じです。
決して無理はしません。過大なノルマを自ら課してしんどい思いをして日々の家庭療育がイヤになるよりも、短時間でもやれる範囲で毎日、細く長く続けていく方がいいと考えたからです。
また、家庭療育は妻の専権事項で、夫であるぼくは決して口出ししないというルールも家庭内で自然に出来上がってきました。
子どもと過ごす時間が比較的短いのに本などから得たABA療育に関する知識だけやたら豊富になった夫が、時間をやりくりしながら日々子どもと向き合って家庭療育をしている妻にアドバイスしたり、「ダメ出し」をしたりしてはいけないと考えたからです。
理想とする療育の方針が違うという理由でいがみ合い、家庭不和に至ってしまうぐらいであれば、子どもが心穏やかに生活でき、成長できる環境を守ることを最優先すべきという判断から、療育は第三者や外部の専門家にお願いして、家庭では療育を行わないで日々ニコニコして過ごす方がいいのではないかーと信じるからです。
息子は、日々の家庭療育に加え、特別支援学級に通学し、週1回のペースでミュージックセラピーを受けています。
新型コロナウイルスの感染拡大で本年度は中止になりましたが、地元NPO法人が主催する障害児向けの水泳教室にも通っていました。
放課後等デイサービスは一度も使ったことがありません。妻がパートでぼくも仕事がある日は、実家の親にお願いして面倒をみてもらっています。
そんな感じで日々過ごしております。
これまでの経験から、われわれ家族は早期家庭療育の大切さを痛感しております。
「早い時期に家庭療育を始めて良かった」と心の底から思いますし、「あの時に始めていなかったら、息子は今どんな状態になのだろう」と想像するだけでゾッとします。
また、療育を始めるのは早いにこしたことはありませんが、療育を始めるのに「遅すぎる」ってこともないとも思っております。
そして、これまでにお世話になってきた「つみきの会」の存在と活動を、一人でも多くの子育てに悩んでいる保護者の方に知っていただきたいと考えております。
このブログを続けているのは、そうした思いもあるからです。
なのですが、結果として妻もぼくも、早期家庭療育を始める仲間を周囲に増やすには至っておりません。ゼロです。
息子の就学前、妻はかなり熱心に「早期家庭療育の有効性」について障害児を育てるママ仲間に伝えてきました。
地元の人が集まる場でABAについて語る場もありました。
しかし今は、地元のママ友に対し、個別に家庭療育を勧めることはほとんどないそうです。
ぼくも、妻の経験談をいろいろ聞く中で、「無理しないでいいと思う」と助言しました。
セラピストさんや医療・福祉系の専門職の方が保護者に家庭療育を薦めることと、家庭療育を行っている保護者が行っていない保護者の方に薦めることには、難易度に大きな差があると気付きました。
以下でご説明いたします。
6年半前、つみきの会に入会した直後、テキストである「つみきブック」を読んだ際に一番心に残った記述を以下に引用します。
この本は、親御さん(特にお母さん)が自らセラピストとなってわが子にホームセラピーを行うことを想定しています。
つみきBOOK(藤坂龍司著) P34「ホームセラピーの準備」より
(略)
…ABA療育を行うには、ある程度の理解力が必要です。例えばこの本がとても読みづらい、あるいは読んでも意味がよく分からない、と言う場合は、ご自身でセラピーをするのはやめた方がいいと思います。誰か、他の人の助けを求めましょう。
ABA療育を行うには、忍耐力と冷静さも必要になります。…また精神的に弱く、うつ状態になってしまうような人も、セラピストとしては不向きでしょう。
この部分を読んでぼくは、つみきの会は「信頼できる」と確信しました。
息子に自閉症という診断名を付けたドクターは、われわれ家族に「ネットや本には誤った情報が載っていることが多いので、調べない方がいい」と助言しました。
妻はその通りにしていましたが、ぼくとしては「そうもいかんだろ」と思って、ネットも含めて自閉症のことを調べまくりました。情報の真偽を見極めることに関しては、根拠のない自信もありました。
ドクターの指摘通り、特にネットは「いかがわしい」情報にあふれていました。書籍もなかなかのものです。
わが子に「障害がある」と知って打ちひしがれている保護者からカネをかすめ取ろうという団体(新興宗教も含め)があることも知りました。
顧客(信者)をより多く獲得することを考えれば、「誰でも簡単にでき、すぐに効果が実感できます!」とアピールする方が得策なわけです。
そんな団体が目立つ中、「つみきBOOK」を読むに、商売っ気が全くないどころか、「やめた方がいい」「不向きだ」と、読む者を突き放したように受け止められかねない表記が続いています。
つみきの会を立ち上げた藤坂代表の真摯さ、学者のような論旨の明快さがストレートに伝わってくるのはいいのですが、活動を継続していくためにはそれなりの資金は必要なわけで、「大丈夫なのかなぁ」「もう少し愛想良くすればいいのに」と心配にもなってきました。余談ですが。
ちなみに、上記の引用で「やめた方がいい」「不向きだ」とカテゴライズした保護者に対しても、後段で解決策を提案しています。
…素人でもいいですから、大学生や元保育士さんなど、この仕事に興味のある人をアルバイトとして雇って、この本を読んで勉強してもらいましょう。
つみきBOOK(藤坂龍司著) P34「ホームセラピーの準備」より
先に引用した部分も含め、ロジックとしては正しいと思います。「おっしゃる通り!」と同意するところです。
そして、ABAの家庭療育を周囲の方々に勧めても広がらないのは、まさにこの「おっしゃる通り!」と思う部分ゆえなのだということも少しずつ見えてきました。
妻がママ友にABAの家庭療育を勧めた際、こんな反応が多かったそうです。
●●(妻の名前)さんだからできるんだよ。私には無理
★★(息子の名前)くんだから効果があったんだよ
妻にセラピーを行う能力があって、セラピーを行うだけの環境が整っているから家庭療育を続けることが可能で、息子の障害の程度がそれほど重くないから効果が出ているんでしょ?ーという趣旨の指摘だと思われます。
会の「落ちこぼれ」を自認し、息子の障害の重さを日々痛感している妻とぼくとしては、苦笑いするしかありませんでした。
さらに、こんな反応もありました。
私はそんなふうにできない。そんなふうにできない私は、母親失格かなぁ?
妻もぼくも大きなショックを受けました。
家庭の中で子育てを主に担っているママさんはみんな、自らの置かれた環境の中、できる限りのことをしていると思います。
「いろいろ大変で思うような子育てができていない」と悩む方は多いかもしれませんが、悪意からネグレクトしている方はほとんどおられないはずです。
さらに、お子さんに障害があるとなれば、障害に起因した「育てにくさ」も加わります。
良かれと思って「ABAの家庭療育をすれば、お子さんはぐんぐん成長しますよ」とお伝えしたとしても、それを聞いたママさんが「私は自らが置かれた環境の中で一生懸命子育てをしているけれど、家庭療育をする時間はないし専門家に依頼するお金もない。子どもに申し訳ない」という反応が返ってきた時、それでも家庭療育の有効性を説き続けることが妥当だとはとても思えません。
当たり前のことですが、お子さんの障害の有無に関わらず、いろいろな環境の家庭があります。
収入が不安定でダブルワーク、トリプルワークをするママさんもおられるでしょうし、夫が家事・育児を全くせず子どもに無関心だったり、夫と義父母が子どもの障害に無理解だったり、家族間の折り合いが悪かったりーいろいろあるでしょう。
「子どもの貧困」という言葉がメジャーになり、子ども食堂や学用品のリサイクルなど民間レベルの扶助活動が盛んになってきています。
加えて、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う経済活動の停滞から、世帯収入が減って生活が苦しくなるご家庭も増えているはずです。
そうした環境から心身の調子を崩されたママさんもいるかもしれませんし、離婚を検討していたり、シングルマザーで近くに子育てを手伝ってくれる親御さんがいないケースもあるでしょう。
障害児の子育てに加えて、日々の生活全般でヘトヘトになっているママさんに「週20時間の家庭療育をやれば、お子さんは飛躍的に成長しますよ」「あなたにセラピーをやる資質がなくても、お金を払ってやる人を雇えばいい」とは決して言えません。
もちろん、シングルで子育てしている方やパートを掛け持ちしている方、障害に理解がない夫や家族がいる方の中でも、必死に時間をやりくりしてABA療育を続けているママさんもおられるでしょう。素晴らしいことだと思います。
わが家も、いろいろなことを犠牲にしながら、妻がABA療育を続けています。
しかし、だからといって、自分なりに一生懸命子育てし、生きているママさんに「私がやってみて効果があるから、あなたもやってみたら?」と勧めることは、はばかられます。
「ABAってのがあるんだよ。時間ある時にこのサイトを見てみるといいかも」という、ものすごく控えめな「オススメ」にとどめるのが妥当といえます。妻もそうしてきました。
表現が不適切なのは承知でイメージしやすさを優先して書きますが、自閉症など発達障害があるお子さんを育てる家庭にとって、ABA家庭療育が「無農薬野菜」「北欧のシャレオツ知育玩具」「めんつゆを使わない家庭料理」「ママ手作りのポテトサラダ」みたいなもの同類と受け止められてしまったら、広がりを持つことはないと思います。
ABA家庭療育?、いいものだって分かりますが、自分でやるには才能もいりそうですし、ものすごく時間もかかるし、買うとお高いんですよね? うちにはそんな余裕はないです。
こんな感じに。
「ABA公費化を目指す親の会」という団体があります(団体名をクリックすると会のホームページに飛びます)。
ホームページには、ABA療育を巡る日本国内の現状が簡潔かつ分かりやすくまとめられています。
日本国内にABA療育を持ち込み、有志の方々で普及を進めてきた時代が「第一ステージ」とすると、こうした公費化を求める動きは「第二ステージ」と言えるでしょう。
公費化が実現すれば、家庭環境に関わらず、すべての「療育が必要な子どもたち」にABA療育を届けることができるようになります。
ぼくがここまで長々と書いてきた「ABA家庭療育をママ友に勧めるのがすごく大変」問題が一気に解決することにもなります。
「必要としているすべての人にABA療育が届く」ということは非常に重要です。
ただ、公費化実現のハードルがものすごく高いことは容易に想像できます。
ABAは公費化する(税金に注ぎ込む)だけの価値があるものだと所管官庁(厚生労働省や文部科学省)が認め、財務省の査定をくぐり抜けて法案化され、国民の代表が集まる国会で過半数の賛成を得られなければ、実現しません。
官僚機構を納得させられるだけの科学的なデータ、政策的なメリット(費用対効果が優れた事業であることの証明)を用意しなければいけませんし、国会で過半数を得るためには政党や政治家の信頼を獲得する必要があるでしょうし、多くの国民に理解をしていただくための「分かりやすい説明」も求められることでしょう。
「週20時間以上のABA個別療育の制度整備」を国に求める署名キャンペーンも始まりました。ぼくも先ほど署名しました。
ただ、以下は余談でぼくの単なる主観というか気持ちの問題なのですが、この署名キャンペーンで使っているサイト「change.org」がどうも好きになれません。
常にせっつかれいる感じがして、一言でいうと「しつこい」のです。
とはいえ、署名という形で行政府や立法府に声を届けることは、実現に向けた第一歩です。
活動の先行きを見守るだけでなく、できることは協力していければと思っております。
先月(2020年8月)、読売新聞と朝日新聞が特別支援学校に関する記事を1面トップで掲載しました。
こんな見出しでした。
特別支援学校に設置基準/文科省方針/教室不足 解消促す
(2020年8月14日、読売新聞)
特別支援学校 開校相次ぐ/深刻な教室不足 背景/通う子ども 10年で2割増
(2020年8月24日、朝日新聞)
障害児の教育環境について社会から関心が高まっているのは、本当にありがたいことです。
先輩の保護者さんのお話をうかがっていても、昔に比べると今の方が発達障害/自閉症に対する理解が格段に進んでいて、障害児を「育てやすくなっている」ことは分かります。
10年後、わが息子は18歳9カ月ですから特別支援学校高等部を終えて地元の作業所で仕事をしている頃かもしれません、ABA公費化が始まって、
今の子たちはいいねぇ。息子が幼い頃に公費化が実現していれば、あんなに苦労しなくても良かったのにね
なんて妻と笑い合える日が来ればいいなぁと願っております。
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