「ケーキの切れない非行少年たち」は、われわれ自閉症児の親たちと一緒に歩んでいくべき仲間

「ケーキの切れない非行少年たち」(新潮新書)という本、だいぶ前から気になってはいたのですが、買うタイミングを逸していました。

 先日、著者の宮口幸治先生が書いた記事「ある非行少年が描いた絵が示すこと 凶悪犯の目に映る、異常に歪んだ世界の姿」を「プレジデント ウーマン」というニュースサイトで読んですぐ、この本と「不器用な子どもがしあわせになる育て方」(かんき出版)の2冊をAmazonで注文しました。

 素晴らしい内容でした。妻にも勧めたところ、すぐに読み終えました。

障害児の親としては、この本の中身が実感としてすごくよく分かるんだけど、健常児の親御さんはどう受け止めているのだろう?

すごく衝撃的だろうね。

 こういった内容の本を一般向けに書いてくださった宮口先生に感謝しかありませんし、「ケーキの切れない非行少年たち」が日本でベストセラーとなったことに「救い」を感じます。

 どちらの本も、「社会的に見過ごされている軽度知的障害者(とは社会的に認知されていない「境界知能」の方々も含め)をどう支援していくか」という問題を扱っています。

 この問題については十数年前、元衆院議員で服役経験がある山本譲司さんが書いた「累犯障害者」(新潮社)で読んで初めて知りました。

 刑務所内には障害がある人が多くいるがほとんどのケースで福祉と結びついていないーという衝撃的な内容でした。

 また、「この世で一番立場が弱くて『生きづらい』のは、障害者手帳が交付されない軽度知的障害者なのではないか」という主張(指摘)は、ネット掲示板の5ちゃんねる(旧2ちゃんねる)で、過去に何十回と目にしたことがあります。

 ネット掲示板って玉石混交で無責任で「便所の落書き」とも言われますが、こうした当事者の「心の叫び」も混じっているんです。

 最初にこの論に触れた時は「へぇ〜」という程度の軽い反応でしたが、重度自閉症・中度知的障害がある子どもの親として6年以上のキャリアを重ねた今のぼくとしては、大きく深くうなずくところです。

 宮口先生の「ケーキの切れない非行少年たち」から引用します。

知的障害には大きく軽度、中等度、重度、最重度といった区分がなされています。このうち軽度が8割以上を占めていますので、知的障害というと概して軽度と考えていいでしょう。しかし、軽度の知的障害は、中等度や重度よりも支援をそれほどしなくてもいいという訳ではないのです。

「ケーキの切れない非行少年たち」(宮口幸治著、新潮選書)P111より

 わが息子に引きつけて考えると容易に理解できます。

 息子は2歳1カ月の時に診断名が付きました。

 医師から診断名を告げられた時はショックだった半面、少しホッとしました。

 診断名が付いたことで、それまでは「理由が分からないけど『とても育てにくい子』」だった息子の「育てにくさ」の原因が障害にあったということがはっきりしたわけですので。

 自閉症という古典的?な障害ゆえ、情報も豊富にあります。

 「つみきの会」と出合い、ABA(応用行動分析)を使った家庭療育を始めることもできました。

 療育手帳が交付され、障害児専門の幼稚園で療育を受けることができましたし、現在は特別支援学級で熱心な先生と優しいクラスメートに囲まれて、日々楽しそうに過ごしています。

 健常児のクラスメートと比べれば「できないこと」ばかりですが、本人は自信満々で自己肯定感も高いようにみえます。

 しかし、幸いに(と言っていいのかどうか分かりませんが)彼の障害が軽くて、診断名が付かず、手帳も交付されなかったら、どうだったか?

一度「知的に問題がない」と判定されてしまえば、それは〝怠けているだけだ〟、〝性格の問題だ〟、〝育て方が悪いのでは〟、と捉えられてしまうのです。

「ケーキの切れない非行少年たち」(宮口幸治著、新潮選書)P137より

 対処法が分からない原因不明の「育てにくさ」に、妻とぼくは今も悩まされ続けていたはずです。

 そして、息子は、今のような自己肯定感にあふれる陽気な性格の子には育たなかったでしょう。

 「なぜこんな簡単なこともできないのか」と息子を責めていたかもしれません。
 「不真面目な怠け者だ」と叱っていたかもしれません。
 「これまでのしつけや教育に問題があったのかもしれない」と自責の念にかられていたかもしれません。

 当たり前ですが、障害ゆえ他の子どもたちと同じようにできないのはその子のせいではありませんし、保護者が責任を感じるものでもありません。

障害をもった子どもたちは本来、大切に守り育てないといけない存在です。それなのに加害者となって被害者を作り、矯正施設に入れられてしまうのです。まさに「教育の敗北」と言っていい状況です。

「ケーキの切れない非行少年たち」(宮口幸治著、新潮選書)の「はじめに」P7より

 おっしゃる通りです。

 次は、より実践的な内容がまとめられている「不器用な子どもがしあわせになる育て方」(かんき出版)から引用します。

 「生きづらい子どもに見られる3つの不器用さ」と題された第2章の冒頭にあったチェックリストです(ナンバリングは筆者)。

お子さんのいまの状態を確認してみましょう

あなたのお子さんに(もしくは気になる子どもに)当てはまる項目に☑️してみましょう。

①見たり、聞いたり、想像したりする力が弱い
②感情のコントロールするのが苦手。すぐにキレる
③人の気持ちが分からずトラブルになる
④なんでも思いつきでやってしまう。予想外のことに弱い
⑤自分の問題点がわからない
⑥人とのコミュニケーションが苦手
⑦力の加減ができない、身体の使い方が不器用

「不器用な子どもがしあわせになる育て方」(宮口幸治著、かんき出版)P45より

 息子に当てはめると、②については、ABA(応用行動分析)による家庭療育の成果から感情のコントロールはある程度できるようになりましたし、③についても、そういう高度なコミュニケーションが必要な場に立ち会わせていないためトラブルにはなっていませんが、重度自閉症と中度知的障害があるわが息子には、基本的にすべてが当てはまります。

 このチェックリストはそのまま、「自閉症/発達障害児の保護者が療育によって克服を目指すべき課題一覧」のようです。

 しかし、このチェックリスト、一つ当てはまるだけでも相当「生きづらい」と思います。

 わが息子は小3ですが、学校(支援級)では1、2年生用の教科書を使っています。

 妻によると、算数は、合計20までの足し算はできますが引き算はまだ教えていなくて、国語では、1年生で習う漢字をすべて読めるようにはなりましたが、書き方はまだ教えていないそうです。

 学校でも家庭でも、彼のペースに合わせた教え方ができています。

 宮口先生のこの著書によると、「認知機能全体が弱い子ども」には、「境界知能」「軽度知的障害」に相当する子どもも含まれ、こうした子どもは全体の約16%いるとされ、35名のクラスから5〜6人いる計算になるーとのことです(P61)。

 さらに、学校教育では小2から「授業を理解できない」などの「遅れ」が見え始めるという指摘もされています。

 授業についていけなくなって困っている子どもを、通常級の先生なり保護者がどのようにフォローしているのかは分りませんし、知るすべもありません。

 ただ、通常級の先生が対応しようにも、クラスには多くの児童がおり、一人一人に割くことができるマンパワーには限界があるでしょうし、保護者の方々も対処法に悩むところだとは容易に想像できます。

 「うちの子に障害があるかもしれない」と想像することにすら拒否反応を示し、第三者から指摘されようものなら逆ギレしかねない保護者の方もいるかもしれません。

 ただ、保護者の方がお子さんの「障害の疑い」「支援の必要性」を否定し、耳をふさごうとも、お子さんの「生きづらさ」が消えることはありません。
 お子さんが年齢を重ねるにつれ、「生きづらさ」は増していくはずです。


 こうした「生きづらい」人々を支援するため、宮口先生はコグトレ(認知機能に特化したトレーニング=Cognitive Trainning)というものを提唱しています。

 非行少年向けに少年院で採用して大きな成果を上げており、現在は全国の小中学校など教育機関でも取り上げられているとのことです。

 「不器用な子どもがしあわせになる育て方」の第5章(P156〜235)にコグトレの具体例が多数掲載されております。

 とてもよくできています。今の息子には難しいですが、いずれ療育で使えそうな内容です。

 「ケーキの切れない非行少年たち」でコグトレについて紹介している第7章には、「ではどうすれば?1日5分で日本を変える」というタイトルが付いています。

 コグトレによって非行少年(になる可能性がある少年も含む)の認知機能が上がり、犯罪に走る人が減れば、犯罪被害者が減り、加害者も減り、犯罪被害による損失や犯罪者の矯正にかかる費用も軽減されるはずです。

 目に見える効果が出るまでには時間がかかるかもしれませんが、この本が掲げた「日本を変える」というキャッチフレーズは決して大げさではありません。

 こうした取り組みは、「ABA公費化を目指す親の会」(1*)の活動に通ずるものがあることに気付きました。

 会のサイトから引用します(太字は筆者)。

ABA療育を早期に施すことによって、仮に対象者の1割を社会的な自立に導くことができれば、生活保護費だけで5000人×0.1×150万円×50年=年間375億円の削減につながるのです。それ以外に、重度障害者を中度に、中度障害者を軽度に推移させることによって生じる福祉介護コストの削減分を考えると、長期的に見れば、ABA療育のコストを優に上回る経済的なベネフィットをもたらすことができるはずです。

「ABA公費化を目指す親の会」サイト「私たちの主張」より

 ABAの効果などをすっ飛ばして、コスト/ベネフィット分析の部分だけ抜粋しました(2*)。

 共通するのは「必要な人に必要な時期に必要な支援を届けることができれば、本人や周囲はハッピーになるし、社会全体にもプラスに働く可能性が高い」ということです。

 自閉症児の親にとって、「ケーキの切れない非行少年」は「別世界の人たち」ではなくて、ともに支援を必要としている「仲間」なのだと思います。

(1*)この記事を公開したのは2020年11月19日で、現在は「ABA SPEAKS」という団体名に変わっています=2021年4月25日追記。
(2*)「ABA SPEAKS」のサイトには、こちらの引用部分と同じ記述は確認できませんでした=同。

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