結論から申し上げますと、「きょうだい=2人目の子どもを作る・作らない」ってのは、親が意図した通りに必ずしもなるわけではありませんし、「作る・作らない」のどちらかを望んだとしても、置かれた家庭環境などから意図する方向に進むことができない場合もあるでしょう。

スヌーピーの名言「配られたトランプで勝負するっきゃないのさ… それがどういう意味であれ」

配られたトランプで勝負するっきゃないのさ… それがどういう意味であれ

マイナビニュース「未婚女性が選ぶスヌーピー名言『配られたカードで勝負するっきゃないのさ』」より(上記の絵も含む)

 前回と同じスヌーピーの名言を引用しました。こういうことだと思います。

 わが息子は生まれてから9年3カ月間、一人っ子として生きています。おそらく、ずっと一人っ子でしょう。

 息子に診断名が付いて周囲の人々にそのことを伝えた時、「きょうだいがいた方がいい」とアドバイスされた方が複数おられました。

 セクハラ・パワハラまがいに「2人目はまだなのか」などと軽口を叩いてきたオッサンもいましたが、きょうだいについてぼくにアドバイスをされた方々は皆さん、かなり真剣な口調でした。

 それでもわが家は、一人っ子のままで、3人家族でいこうと決めました。

 障害児の親はみんな、「自分たちが死んだら、この世に一人残されたこの子は、どうやって暮らしていけばいいのだろう」と不安になるものです。

 親であるわれわれが先に死んでも、きょうだいがいれば、障害があって独力で生活するのが難しい子どもは天涯孤独にならないで済む。

 きょうだいは、いるだけでいい。何もしてくれなくても、いるだけで心強い。

 そういう発想は理解できますし、息子が2人目以降に生まれた子どもであれば、妻とぼくもそんなふうに考えたかもしれません。きょうだいがいて良かったなぁ、と。

 しかし、いま一人っ子である息子に、そういった考えから「きょうだいを作った方がいい」と考えるのには、妻もぼくも少し抵抗がありました。

 その代わりに、代わりになるかどうかは分かりませんが、息子のことを周囲のできるだけ多くの方に知っていただき、妻とぼくがいなくなった後に息子のことを少しでも気にかけてくれる、彼の「味方」になってくださる方、「息子のことを忘れないでね」とお願いできるぐらい親しくさせていただける方を一人でも増やすことができればいいなぁと思っております。

 話はそれますが、「一人っ子は『わがままに育つ』」なんてことを言う人もいますが、これはどうなんでしょう?

 「親亡き後の不安」という観点ではなく、「自閉症児の療育(あるいは生育環境)」という観点からみて「きょうだいがいた方がいい」のかどうか。

 きょうだいがいると「社会性が身につきやすい」というのは、きっとそうだと思います。

 「きょうだいがいると自然に身につくであろう社会性」をどうやって補っていくかという部分で、工夫が必要だとは感じています。
 感じているだけで、現時点で何をしているわけではありませんが。

 しかし、「わがままに育つ」という説は、どうなのだろう。

 そういえば、「オレは一人っ子だったから、わがままなんだ」と自称する男性(ぼくより年上)は知っていますが、本人が言うほど自分勝手な感じはしません。

 なのですが、何人かで雑談する時、特に飲み会では常に自分が話題の中心でないといじけて、あからさまに「オレは機嫌が悪いんだ」というのを態度に出す人ではあります、50歳を過ぎてもなお。

 一人っ子は親の「注目」「愛情」「干渉」を一身に浴びるわけですので、「構ってちゃん」になりやすいのは理解できます。わが息子もそうなりつつあります。

 ただ、そもそも「わがままな子」って表現には、「わがまま=悪いこと」というイメージが張り付いている感じがして、なんか好きになれないんですよね。

 第三者になるべく迷惑を掛けないようにすることは大事ですが、迷惑を掛けていない限りであれば好きなことをして好きなふうに過ごせばいいわけですし、迷惑を掛けていないのであれば無理に他人に合わせる必要もないと思うんです。

 自己主張ができるって、自分の気持ちを第三者に伝えるのが苦手な自閉症児にとって大事なことです。

 子どもが何も言わないで騒がないでただじっと座っていたら「いい子だったね」と褒めることがぼくもありますが、この褒め方も行き過ぎると危険な気がして、気を付けるようにしています。

 「退屈さに耐える」訓練が社会で生きていく上で大事だということは分かってはいますが、子どもが声を上げたり騒いだりするのにはそれなりの理由もあるはずで、頭ごなしに抑圧することで子どもが何の意思表示もアクションもしなくなることが「イコールいい子」という価値観を植え付けたくはないなぁと。

 話が少し脱線してしまいましたが、何を申し上げたいかというと、「一人っ子は『わがままに育つ』」という俗説はどうでもいいーということです。

 これ、「男は結婚してこそ一人前」「子どもがいてこそ一人前」という軽口にも似ていると思うんです。 

 あまりに昭和的な多様性に乏しい考え方であり、いまこういうことを大っぴらに言うオッサンも減ってはきていますが、言わないだけでそうした価値観はいまだに残っています。

 結婚や子育てによってさまざまな経験を重ねることで人間的な幅が広がって深みが出てくるーってことなのでしょう。
 発想としては分からないでもないですし、当たっている部分も少しはあるでしょう。

 ただ、この主張には致命的な欠点があります。

 結婚しててお子さんもいる方がみんな「人間的に幅が広くて深い」わけではないということは、自身に当てはめても、身近な何人かのオトナを思い浮かべても、「それはないな」とすぐに気付くはずですので。

 自閉症児一人っ子生活を9年も続けていますと、さすがにもう「きょうだいがいた方が…」と助言される方はいなくなり、そういう点では心穏やかに過ごすことができるようになりました。

 ぼくの帰りが早くて3人枕を並べて寝る時の息子の満足そうな顔をみるに、「これで良かったんだ」と思います。

 ぼくと妻が亡くなると彼は一人になるので、せめて生きているうちは、2人の親を好きなだけ独占させてあげよう、「独占したい」という気持ちに十分に応えよう。そんなふうにも思います。

 あっ、重度自閉症+中度知的障害の息子も精神的に「親離れ」する時が来るのかもしれない。それはそれで、うれしいような少し寂しような。

 来るのだろうか?先輩ママさんに聞いてみよう。

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