障害界隈における「精神」特有のしんどさについて〜統合失調症の男性が「精神科長期入院は『強制で違憲』」として国を提訴したというニュースを読んで思ったこと①

最近強く心に残ったニュースのことと、そのニュースを通じて考えたことをまとめてみます。いくつかのマスメディアが記事にしており、このブログのタイトルは共同通信の記事の見出しから取りました。

 内容が一番詳しかった「弁護士ドットコム」の記事の一部を引用します。

 統合失調症で、通算して約40年もの間、精神科病院に長期入院してきた伊藤時男さん(69才)が9月30日、国を相手取り、損害賠償を求めて東京地裁に裁判を起こした。…

 訴状などによると、伊藤さんは統合失調症(当時は「分裂病」と呼ばれていた)と診断され、1968年に初めて入院した(医療保護入院)。その後、1973年9月から2011年3月まで福島県の病院で約39年間も入院を余儀なくされた(2003年から任意入院に)。
 退院を希望してきたが、叶うことはなかった。外に出られたきっかけは東日本大震災だった。福島県にある病院は閉鎖され、別の病院に移ったところ、2012年10月に退院することができた。…

 入院が始まったのは16~17才ころ。終わったのは61才だった。
 その間、入院患者の仲間たちの多くが自死を選んでいくのを目にしてきた。 「耐えかねて、自殺した人、何人も見てきました。首吊りした人。常磐線に飛び込んで自殺した女の人。何人も見てきました。たまらなくつらくて、こんな思いするなら、国に訴えたいと思って、今ここにいるわけです」
  伊藤さんも同じような瀬戸際に追い込まれたが、踏みとどまった。…

弁護士ドットコム「『子を持つことも夢だった』精神科病院に40年、男性が国提訴…社会からの隔絶体験語る」より

 一人の人間の長い人生が詰まった、ものすごく重い訴えです。

 16〜17歳の頃から61歳まで入院という「時の長さ」は想像を絶します。

 「外に出られたきっかけは東日本大震災だった」ということにも驚愕しました。

 裏を返せば、あれだけの規模の自然災害が起こらなければ、伊藤さんは精神科病院から退院できず、訴訟の提起もできなかったかもしれないのです。

 今回、伊藤さんが大きな訴訟を提起できたのにも、ご本人の努力と勇気に加え、支援者が多く集まったことにも背中を押されたのではないでしょうか。

 無念さを抱えながら世を去っていった仲間たちの思いも背負い、「今こそ世に問う時だ」と行動に踏み切ったのかもしれません。


 息子に自閉症という診断名が付き、自閉症/発達障害がある子どもを育てる保護者や支援者の方々とのお付き合いをしている中で、自閉症/発達障害に限らず「障害全般にも視野を広げなければ」との思いを抱くようになりました。

 自閉症といっても、知的障害の有無や軽重によって本人や保護者の「困りごと」は千差万別ですし、細分化していくとキリがありません。

 半面、障害の種類を超えて共通する「困りごと」も多いでしょうし、共通する「困りごと」を少しでも減らすために、障害の種類を超えた連帯ができればーという漠然とした思いもあります。

 精神障害当事者の方たちから体験談を聞く機会もありました。
 障害全般に関心を持って調べるうち、精神障害の当事者固有の「しんどさ」が特に気になっていました。

 わが息子のように知的障害がある当事者を支える活動は、自ずと保護者が中心となります。

 自らの「困りごと」を社会に訴え、より「生きやすい」環境を求める活動を知的障害の当事者のみで行うことは、極めて難しいからです。

 それゆえ、「われわれ親が死んでしまったら、この子はどうなってしまうだろう」という懸念は、障害者の親の中でも、知的障害者の親が一番大きいのではないでしょうか。

 大小を比較してどうだという種類の話ではありませんが、そんな気がします。

 ただ、妻とぼくもそうですが、知的障害者の親は、子どもが通う保育園や小学校・支援学校などで保護者間の「地域的な横の連携」ができやすく、息の長い活動ができるともいえます。

 知的障害者の当事者・家族は、生まれ育った地域でそのまま暮らしていくケースが多いでしょうから、同じ地域の障害者・家族は「一生お付き合いする大切な仲間」という意識も芽生えやすいのではないかと思います。

 少なくとも、妻とぼくは、そういう認識でおります。

 しかし、ぼくが面識があってお話をうかがったことがある精神障害当事者の方々の体験談を総合するに、当たり前ではありますが、知的障害の当事者・家族が置かれた環境とはかなり異なっているように感じました。

 先ほども書きましたが、知的障害の場合、幼いうちに、遅くとも就学前ぐらいにはわが子の障害を認識し、「障害児の親」としての道を歩み始めます。

 ですが、精神障害では、発症(あるいは、障害をはっきり認知)する時期が、ある程度成長してからのことが多いようですので、保護者が学校や地域コミュニティーを通じた「仲間づくり」をする機会が限られ、孤立感を抱きやすいのではないかと思いました。

 こちらは、「障害者雇用義務の対象に精神障害者が加わりました」というタイトルが付いている厚生労働省のページです。

 冒頭部分を引用します。

「障害者が地域の一員として共に暮らし、共に働く」ことを当たり前にするため、すべての事業主には、法定雇用率以上の割合で障害者を雇用する義務があります。平成30年4月1日から、障害者雇用義務の対象として、これまでの身体障害者、知的障害者に精神障害者が加わり、あわせて法定雇用率も変わりました。

厚生労働省「障害者雇用義務の対象に精神障害者が加わりました」より

 「平成30年4月」は西暦に直すと2018年4月、今から2年半前に制度改正がなされたことになります。

 言い方を変えると、厚労省がいう「『障害者が地域の一員として共に暮らし、共に働く』ことを当たり前にする」という崇高な理念の対象に、2年半前までは精神障害者が含まれていなかったということです。

 制度が改正された当時、大きい扱いではなかったですが、新聞やネットに記事が出ていました。

 「障害者の雇用」は、わが息子の将来を考える上で非常に大きなテーマであり、関心を持って記事を読んだのですが、雇用義務対象に精神障害者が入っていなかったことに驚いた記憶があります。

 冒頭に挙げた伊藤さんは、「医療保護入院」という名の下に約39年間も入院を余儀なくされたわけですが、「運良く」もっと早く退院できていたとしても、退院した当事者の方を社会がきちんとサポートできていたかというと、甚だ心もとなかったのではないかと容易に想像できます。

 障害というカテゴリーの中で、精神障害の当事者に対する社会の支援態勢が最も遅れていて、それは知的障害者の保護者にとっても決して他人事ではないと思います。

 近く、続きを書きます。

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